「学生生活を思い出す」沙村広明『おひっこし』を読んだ海外のレビュー

おひっこし

主人公・遠野禎は大学の先輩である赤木真由が好き(名前が線対称なところとか)。
しかし赤木には海外青年協力隊に行っている彼氏がいる。
今日も一人悶々と過ごす主人公とその仲間達の怠惰な学生生活を描いた表題作他、少女漫画家、船橋夏見の数奇な人生を描いた『少女漫画家無色 涙のランチョン日記』、レポート漫画『みどろヶ池に修羅を見た』を収録した沙村広明の短編漫画集『おひっこし』。
作者の沙村広明(wikipedia)は代表作『無限の住人』(amzn)が海外でも『 Blade of the Immortal』(amzn)の名で発行され、高い評価を受けています。
そんな『無限の住人』とは方向性をがらりと変えた、コメディ色の強いこの一冊、海外ではDark Horseが翻訳版を発行しています。

さて、海外のファンはどのようにこの作品を読んだのでしょうか?

ソース


この短編集の作者は沙村広明。メインとなる作品は『おひっこし』、20代の美大生達の、恋愛、欲望、バイク、食事、性、飲酒、人生を決定するのを先延ばししようとする乱気流のような生活を描いている。
もし、あなたが大学生で友人の一人にミュージシャン、俗物な文学者、美大生、それ以外のとんでもなく奇妙な人たちがいるなら、もしくはあなたがそうであるなら『おひっこし』は即座に馴染み深いものになるだろう。
『涙のランチョン日記』の主人公、船橋夏見は処女であり、野心あふれる少女漫画家だ。彼女はフェチ、暴力団、マージャン中毒者、いやらしい漫画編集者と交錯していく。
この他に作者である沙村の旅行レポート漫画『みどろヶ池に修羅を見た』を収録している。

●パッケージデザイン
私はこのカバーが凄く好きだ。これは日本版とほぼ同じで、日本語の文字も完璧に同じだ。そしてカバーイラストは素晴らしい。中には単行本カバー内部のカラーイラストと、カバー裏の白黒の絵、物語のチャプターイメージが含まれている。
それと、沙村本人が各作品を説明する2ページに渡るあとがきも含まれている。

この素晴らしいパッケージデザインに対する私のたった一つの苦情は、印刷が少々暗くていくつか潰れている箇所がある、という位だ。
それは動物園の動物トレーディングカード(そう、あなたはこれを読まなければならない)を特集した2ページの部分が特に顕著で、完全に潰れている。
※管理人注:海外版だけでなくオリジナルでも潰れています

●アート
さて、アクションシーンでのユニークなアートスタイルが評価されている漫画家が、アクションの少ない漫画をどのように料理するのだろうか?
何度でも言うつもりだが、沙村は素晴らしいキャラクター造形を行う。彼の才能が作り出すエッチングのようなスタイルで描かれたキャラクター達は非常に個性的だ。アクションはないかもしれないが、彼のコマ割りは映画のような展開を感じさせる。

●テキスト
効果音の表現は新しい。それは小さくオリジナルの効果音の横に置かれている。私はこのDark Horseの効果音翻訳方法が気に入った。しかしこれは同時に、描かれた絵を大きく隠すことになる危険性があるとも言える。ともかく、Dark Horseはもっとも良い位置にその効果音を置いていると言えるだろう。
英語のテキストは上手く書かれている。たくさんの文化的ユーモアを完全に保ち、本の後ろには翻訳者の訳注も載っている。
私のたった一つの苦情は、私にはもっと多くの訳注が必要だという事が分かった、ということだ。
例えば、いくつかのジョークとその参照があったが、私はそれが理解できなかった、あるいはそれがジョークではない別の何かだと思っていたのだ。
おひっこし2おひっこし3おひっこし4おひっこし5

●内容
これは何かって?男向けの漫画を出版するDark Horseの隙間を埋めるような恋愛コメディ?そして"さすらいの少女漫画家"という内容は何処に属するのだろう?
オーケィ、オーケィ、確かにこの『おひっこし』には3つの恋愛コメディしか収録されていない。そして問題の"少女漫画家"の章ではマージャンに人生を賭け、ヤクザが出、他にも男らしい局面が出てくる。
言うまでもなくこの作者、沙村広明は彼が長期連載作している、サムライによる暴力描写が売りの『Blade of the Immortal』で良く知られている。
既に言ったかもしれないが、トップアーティストの一人である沙村広明の価値あるファンでもあるDark Horseへの賛辞を惜しまないのは私一人ではないだろう。しかしこの漫画は明らかにニッチであり、刀と暴力の漫画こそが本来の姿ではあるだろう。

『おひっこし』は、主に大学の卒業を間際に控えた20代の怠惰な大学生グループを描いた一話完結型の漫画だ。
彼らは人生における自分の位置、お互いの関係に疑問を持ちつつひたすら酔っ払っている。この物語は単行本全体の70%に渡り、沙村の持つ捻くれたユーモアが如何なく投げ込まれている。
『おひっこし』の本当の魅力である、彼らの不安、欲、嫉妬、及び自己嫌悪の物語は、彼らと同様の経験をした、卒業から数年たった"古くて"、"経験豊富な"読者の好みに合うのではないだろうか。

『おひっこし』の物語の核となるのは恋愛コメディであり、主人公は一人の少女が好きで、彼女は外国にいる別の男と付き合っている、そして主人公の友人である別の少女は主人公に片思いしているものの、主人公の友人でもある男と付き合っている。
一見すると王道恋愛物か何かに思えるだろう。とにかく、物語が進むにつれ起きる出来事は登場人物たちの絆に試練を与えていく。いくつかの新たな繋がりが生まれ、何人かは失意のうちに終わる。そして、学生の終わりを告げる時計はその動きをやめることなく、彼らのストレスを増していく。
ここまでの説明だと、この物語は退屈なメロドラマの様に聞こえるだろう、しかし作者の沙村広明は彼が今も連載している『Blade of the Immortal』でも分かるように、そんな典型的な漫画家ではないことを保証しておこう。
彼はより感情的なドラマシーンにおいて適切な描写を行い、175ページという短いページ数にも関わらず、彼の持つ奇妙で不合理なユーモア、個性がキャラクター達に命を吹き込んでいる。
もし、あなたが大学生で友人の一人にミュージシャン、俗物な文学者、美大生、あるいは人文学科を専攻をしている寛容な人がいるなら、この作品の登場人物は即座に馴染み深いものになるだろう。
ある意味、登場人物達の個性を私の大学時代の友人たちに合わせることが出来たとき、もう少しで私はノスタルジーに陥るところだった。
私にとって、それはこの話をより魅力的にし、読み続ける理由にもなった。

残りの2話に関してはおまけのような感じだろうか(これが『おひっこし』と同じボリュームであれば尚良かったのに)
”さすらいの少女漫画家”は”犯罪者の気持ちを理解するには犯罪者になるしかない”という格言を少女漫画家に適用させた非常に可笑しい内容だ。
もし漫画のヒロインに混乱と苦労を与えるなら、それと同じ経験を自分もしなければいけないわけだ。
沙村は少女漫画家である主人公を、ヤクザ、麻雀の代打ち、更には殺人!に到るまでの螺旋に投げ込んでいく。
それは少女漫画家にふさわしい、困難と打ちのめされた人生!!
3話目は沙村本人の短い日記漫画。正直言って読み忘れやすい。

●一言
2種類の人間に対して、この漫画はお勧めできる。
沙村広明の『Blade of the Immortal』を読んだことのある人と、ない人だ。
読んだことのある人にとって、『おひっこし』はこのユニークな漫画家が刀と暴力以外に提供できる魅力をファンに与えてくれるだろう。
更には、我々は過ぎ去った日々という材料を既にこの手に持っているのだ!
そして沙村のアートワークは良いものであり、それはこの漫画でも良く披露されている。
かたや読んでいない人にとって、『おひっこし』はあなたが英語圏では読んだ事がないような風変わりで美しく、奇妙な恋愛コメディを提供してくれる。
私としてはこの倍くらいの量があって欲しかったが、『おひっこし』本編は単行本1冊分にも匹敵している。
これを読む時間は、読者にとってそれと同じくらいの価値を与えてくれるだろう。

最後に、あなたが私と同じように大学のおかしな友人たちと共にうろつきまわり、魚のように飲んだくれ、ロックショーで暴れ回り、お互いを求め合い、まるで今日が人生最後の日であるように過ごす日々を送っていたなら、『おひっこし』は確実にあなたにノスタルジーを感じさせる作品だといえるだろう。


沙村広明が竹易てあし名義で描いたこの漫画、無限の住人とは方向性の全く違うコメディタッチで描かれています。
沙村広明のギャグは理屈っぽいので、人によってはとっつきにくいかもしれませんが、嵌るとなんとも言えない味があります。
学生時代を自堕落に過ごした人、青春の蹉跌を経験した人はよりシンパシーを感じるかもしれないこの漫画、海外でも同じように感じるというのは驚きです。
大学生の生活って海外でもそれほど変わらないのかも。
この漫画は日本の文化、というか学生生活、しかも美大というかなり特殊な環境が舞台なので、海外で出版されているとは思ってもいませんでした。
(アフタヌーンでも短期連載扱いだったし)
沙村広明の海外での評価は思いのほか高いようです。
単行本の内容にしても、海外の場合カバーというものが存在しないのですが、カバーの折り返し部分の絵や、カバー裏の絵、単行本に収録されているカラーイラストやあとがきに到るまで収録されているらしく、かなり拘って作られているようです。

作者の短編は他にも『シスタージェネレーター』、『ハルシオンランチ』(連載中なので短編になるか分かりませんが)等があります。
作者の代表作である『無限の住人』も最終章に突入していますね。
『ブラッドハーレーの馬車』には触れないでおこう。



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tag : 海外の反応翻訳沙村広明おひっこし

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>『ブラッドハーレーの馬車』には触れないでおこう。

 これって海外でも書評がついていたりするんでしょうか?

管理人さん
あなた、素でハルシオンランチの事忘れていますね?

ハルシオンランチの海外反応みてみたいワ。どう反応するだろう・・・。
沙村広明氏の作品は両極端ですよね

ブラッドハーレーもだけど
人でなしの恋の反応が気になる

無限の住人よりこっちをアニメ化しろと言いたい。

イタリア人のハーフが日本に父を探しに来る話だろw
日本の漫画で外人が出てきたら、読者の外人にはそれについて触れて欲しいけどな。
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